読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おすすめさん

おすすめさんのおすすめをおすすめする

伝説はいつまでも語り継がれるのだろう

レース

昔、昔、そのまた昔の話です。当時、耐久レースの実績を積み大きなレースでの優勝の可能性が出てきたマツダや日本メーカーに対して嫌がらせとも取れる数々のレギュレーション変更が行われました。日本のバブル期でもあり、数々の日本自動車メーカーもレースに参戦して成績を上げ、ヨーロッパ圏への驚異があったと思われます。マツダロータリーエンジンを1970年から他チームに提供し、その後市販車の改造マシンで参戦し、少しづつ実積を重ね総合優勝を狙える757、767、787と参戦し続けていました。マツダは、日本メーカー最古のル・マン参戦メーカーでもあった訳です。

 そしてついに、上記に記載したレギュレーション変更により、ロータリーエンジンの使用が1990年までで禁止となる決定がくだされました。しかし幸いにして多数のメーカーが1991年以降のプロトタイプカーの新規格に対応出来なかった為に、1991年までロータリーエンジンでの参戦が認められることとなります。特別処置にて、これが最後のロータリーエンジンでの参戦となり、マツダ参戦も最後とも言われていました。まさにラストチャンス。

背水の陣でル・マン24時間レースに787Bが2台(18号車と55号車)と787が1台(56号車)体制での参戦となったのです。マツダワークスカラーの787B・18号車のドライバーは、デイブ・ケネディステファン・ヨハンソン、マウリシオ・サンドロ・サラの三人です。アパレル企業レナウンのチャージカラーの787B・55号車のドライバーは、フォルカー・ヴァイドラー、ジョニー・ハーバートベルトラン・ガショーの三人です。