読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おすすめさん

おすすめさんのおすすめをおすすめする

ステップワゴンだけじゃないんだぞ、色んなことをやってきた

ステップワゴンで有名なホンダのF1初参戦は1962年に発表され、1964年から4年間参戦しました。当時、2輪車部門では当時世界最大のロードレースだったマン島TTレースにおいて、参戦3年目で全クラス制覇を行うなど評価を得ていました。しかし、4輪車についてはホンダ初の市販車である軽トラック「T360」やスポーツカー「S500」が1963年に発売されたことを考えると、4輪車参入後はとても短い期間でF1に参入したと言えます。

第一期のF1参戦は、世界最速のF1レースへの参戦を通じ、欧米メーカーと競争することで自社の技術水準を向上させ、最終的に市販車へ反映するという目的を持った参戦でした。ホンダ創業者の故・本田宗一郎氏はF1を始めとしたレース活動を「走る実験室」と称していました。1964年、RA271で日本メーカー初のF1参戦を果たします。エンジンを横置きで搭載するなど、2輪車の発想が根強く残るマシンでしたが、その車体重量がネックとなって最高位は13位止まりでした。

このマシンはエンジン高回転の音が独特で、その音は「ホンダミュージック」と呼ばれて親しまれていました。翌1965年に登場した改良版のRA272は、同年のメキシコグランプリにてF1初勝利を上げます。しかし、1966年に入るとエンジンの排気量規定が1.5リッターから3.0リッターへ変更となった影響でマシンの設計をやり直す必要が出てきます。この年の開発は遅れ、新マシンRA273も3戦を走るのみで終わります。翌年も中盤まで同マシンが改良の上RA273Eとして使われ続けることになります。1967年には、イギリスのローラ・カーズと車体を共同開発し、ホンダF1の課題であった軽量化を果たしたRA300がシーズン終盤に投入され、同年よりドライバーとして加入したジョン・サーティースがイタリアグランプリで優勝を果たします。