おすすめさん

おすすめさんのおすすめをおすすめする

沢山の人に知られているのなら、説明は必要ない

あの有名な長篠合戦(長篠の戦い)は1575年の6月29日、三河国長篠城を守る徳川家康の家臣である奥平信昌を武田信玄の息子武田勝頼が攻めたことに端を発する戦いです。この戦いにより武田家は壊滅的な敗北を喫し、1582年の天目山の戦いにて滅亡をします。

この戦いにおいては従来織田信長の「鉄砲三段撃ち戦法」が勝因として語られてきましたが、これは現実には実行不可能な戦術であったとされ、また武田側の騎馬隊の存在すらも史実ではなかったと言われています。当時の武田軍は大量の火縄銃とそれをあつかう鉄砲隊を組織しており、実際には大規模な銃撃戦が行われたものの数において劣勢であった武田軍が力負けをし、陣形を崩されたということが勝負の決め手となったようです。さて、この長篠合戦は後に屏風絵の題材となるのですが、この屏風絵には一つ不思議な点があるということが知られています。

それは屏風絵における織田信長の本陣に謎の白装束の集団がおり、しかもその白い袴には六芒星が描かれているというものです。この六芒星は5世紀から9世紀にかけて大和朝廷において祭祀を司る役目を負い、大きな権力を持っていた忌部氏のものであり、織田家はその忌部氏の子孫であるとされてきたということに由来するのではないかと言われています。