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始まりがなければ、進化も終わりもないのである

インフラ

お金が必要、つまり有料の道路は、明治9年に小田原板橋から箱根湯本間の東海道に、人力車がすれ違えるように拡幅した約4kmの区間が始めてとされています。ただし有料の期間は5年で終わっています。有料トンネルも明治9年に、東海道の難所宇津ノ谷峠に初めて造られました。これも地元の有力者が結社を作り、50年間の事業許可を受けて完成させたものです。

明治29年にトンネル内の火災で通行不能になり、有料トンネルの期間は、わずか18年で幕を閉じています。採算は順調でしたが、明治22年に静岡、浜松間の鉄道の開通によって東海道線が概成した結果、赤字経営に転落していたようです。国の史跡に指定されているレンガ造りの「宇津ノ谷隧道」は、その後明治37年に修復されたものです。有料道路と鉄道の競争の一幕という見地から興味深いものがありますが、しかし何れにしてもこれらはすべて歩行者を主な利用者とするものであり、自動車を対象にした日本の有料道路の歴史が始まるのは、第二次世界大戦後の復興が軌道に乗り始めた1950年以降になります。

イギリスでは、17世紀後半から車(この時代の「車」は自動車ではなく馬車)を対象とした有料道路の歴史が始まっていて、1663年(4代将軍家綱の時代)に最初のターンパイクが造られました。馬車通行の増大によって道路の補修費用が嵩むようになり、それまで地域住民の労役に頼っていた補修では足りず、その費用を捻出するために通行車両から料金を徴収することが必要になったからです。 因に、ターンパイク(turnpike) という呼び名は、料金所の番人が、車が近づくと槍(pike)を横にして停車させ、料金を徴収すると槍を上げて車を通したことに由来しています。