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みなさんよく知っている名神・東名の両「高速道路」(正確には高速自動車国道)が、日本の大幹線として姿を見せたのは1960年代の後半のことです。(参考 名神の最初の開通は、栗東~尼崎間 1963年=昭和38年、全線開通は1965年 東名の最初が1968年、全線開通が1969年=昭和44年です。)「高速道路」は、巨額の道路財源が必要なため、一般の道路事業として採択することが不可能でした。

そのため1956年に改訂された「道路整備特別措置法」(以下「特措法」)に基づいて有料道路として建設することが決まっていましたが、当時の日本の財政状況では資金調達が困難だったため、日本道路公団世界銀行から資金のかなりの部分(名神は全額)の融資を受けて着工し、名神・東名を完成させました。966年(昭和41年)には、7,600kmの全国高速道路網が決定されていて、先ず、東北、中央、北陸、中国、九州の各高速道路が名神・東名に続く「新規5道」として着工され、その後、北海道、四国を含めて全国至る所で工事が始められました。

その頃までには財政状況も好転し、財源は郵便貯金厚生年金基金を主な原資とする「大蔵省資金運用部資金」や「道路債券」に移っていました。つい最近まで「高速自動車国道」は、国の道路財源を使わずに、全て*道路公団がこれらの借入金を原資に、有料道路として建設・管理を行い、通行料金で返済を続けて来ていました。借入金の金利が8%を超える高金利時代には6%を超える部分、更に採算性が低い地方部の建設費については金利が3%を超える部分が、一時、金利補給金として国から公団に補助されましたが、建設費には使用されていません。