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大事なものだから、作り手も真剣になるのだろう

ゴム

2000年の1年前の1999年から2年間は『ブリヂストン』1社のみの供給であったF1タイヤでしたが、2001年から『ミシュラン』が復帰。早速ウィリアムズがシーズン4戦目のイモラで優勝しました。即座の成功を警戒したのか、ブリヂストンは他チームにもタイヤを供給しながらフェラーリと独自の密接な技術提携を始めます。タイヤ力学とサスペンション構造の優れた組み合わせを追求するため、ブリヂストンの技術者はマラネロで仕事をし、フェラーリの技術者は日本に向かったのです。

その結果フェラーリのF2002にはほとんど手が出せないほどの強さを発揮。ミハエル・シューマッハは2002年すべてのレースで表彰台に乗りました。ミシュラン勢も2003年は反撃に出ますが、シーズン途中にタイヤのトレッド幅に違反があるのではないかと指摘されるなど、タイヤ構造を変えざるを得なくなり、ブリヂストンに主導権を奪われます。結局2003・2004年ともにフェラーリブリヂストンがタイトルを獲得しました。2005年はコスト削減の一環としてタイヤ規約が変更され、レース中のタイヤ交換が禁止になります。これによって流れが変わり、ミシュランを履くフェルナンド・アロンソルノー)が勝利を重ねていきます。

しかし2005年のアメリカGPの事件でミシュランタイヤの信頼性が一気に落ちることになりますが、19戦中18勝とライバルを圧倒しました。FIAは2006年「タイヤ交換禁止」を廃止しましたが、2年連続でミシュランチームがチャンピオンシップを獲得。しかし2008年からタイヤのワンメイク化の準備を進めており、ミシュランは再びF1から撤退。結果的にレギュレーションの施行より1年早い2007年からブリヂストンがF1の単独タイヤサプライヤーとなり、2010年まで全チームの足元を支えました。